
昭和30年(1955年)頃からの高度経済成長期 昭和40年頃からのマタケ大開花期
代用品普及による竹需要の減少 そして安価品の海外からの輸入
「伐り子(切子)ー 伐竹業者ー 製竹業者ー 製造会社ー 問屋ー 小売り店」は
日本全国各分野の壁を開きネットワークを強固に築きながら
激しい時代の荒波を乗り越えて 今ここに至っている
「京都には竹産業に関わる多くの人たちがいるにもかかわらず、なぜ西山の竹林は荒廃しているのか」
といった疑問に即答できる人はどれくらいいるだろうか。-3頁-
わが国には、現在200名をこえる林業経済の研究者がいるが、しかしこの中には竹林経営や竹材の生産・
加工・流通について専門に研究している研究者は1人もいないし、また過去においてもゼロである。
ただ竹林は森林の一部であるとはいえ竹林が森林面積に占める割合は0.6%にすぎない。森林の中では
圧倒的にマイナーな存在である。しかし、それでも200名の研究者の中で1人や2人ぐらいは竹林や竹材
の研究者がいてもよさそうである。(中略)
私が「谷間」を自覚したのは、ほんの数年前のことである。林野庁からからの委託を受けて鹿児島県と
大分県の竹材生産・流通の調査を行った時である。鹿児島県と大分県はともに日本屈指の竹材生産県で
あるにもかかわらず、県内の竹林の荒廃は進行していたのである。ここではじめて「竹材が生産されている
にもかかわらず、なぜ竹林の荒廃が進んでいるのか」という疑問にぶつかり、そして「研究の谷間を」
自覚したのである。-4頁-
岩井吉彌著(2008)平成20 竹の経済史ー西日本における竹産業の変遷ー参照
Rさんは「長岡京市のマタケにこだわってほしい」との依頼が来るたびに
今現在長岡京市にマタケ竹林はほとんどないのにな…とお断りする
心中こうも思う
京都が「良質な竹の産地」といわれる意味は 京都の職人の「竹(竹林)を扱う技術水準が高い」のではないか
さらには製造元が伐り子を持つことが如何に難しいか 林業界のような設備補助(造林補助)もなく
大変な整理伐作業のほとんどは 竹屋さんが無償で行っている
則ち、伐り子さんが高齢になれば主伐のみで手一杯となり 整理伐にまで手が回らず
「竹材が生産されているにもかかわらず、荒廃した竹林」が増えていく
その逆に 厳しい時代変動のなかでも竹材を生産しながら地域の景観を維持する竹屋さんもいる
もはや竹屋の意地である




