青葉の歌

2017.6.16

それにしても 梅雨を忘れそうな 澄み渡る風が吹いています

 

丁寧に植えられた田んぼの早苗も 気持ち良さそうに揺れています

 

Rさんは ふと最近気が付きました

 

入社3~4年になる若手の皆さんの表情が とてもいい表情になってきているのです

 

伸びをしていた頃のような力みがなくなり 自然な言葉が聞こえてくるようになりました

 

悩んでるな 考えてるな 自身の力で

 

ちょっと嬉しくなって 帰り道に口ずさんだ 青葉の歌

 

 

While we are in the middle of the rainy season,

a clear wind blows everyday which would make us forget about it.

 

Rice seedlings arrayed in the rice fields seem to enjoy swinging

in the delicious breeze.

 

I recently became aware that staffs who have joined us 3 or 4 years ago

show good expression on their face.

 

They are more relaxed than the first years when they have overstrained theirselves

and I hear natural words from their conversation.

 

They try to overcome problems and find what to do on their own.

 

Feeling happy by thinking in this way, I went back home in singing

a little song which I call a green leaves song.

 

(translated by C.N.)

 

 

 

 

勝負スイッチ

2017.5.29

 

真竹タケノコが 元気良く顔を出した頃に

 

和尚様から 「少し竹を伐ってもらえますか」とご連絡をいただき

 

下見へお伺いしました。

 

葉替わりを終えて 新緑期に入った竹林には 鶯の美声が響いています

 

竹林を見ながら 「これは1日では難しいかもしれません」 と言うと

 

「はい」 と和尚様

 

細かなご説明を聞きながら 和尚様と清々しい風景を見ていると

 

どうも何やらふつふつと やる気の意地が顔を出します

 

( 出来るかな… いやいや無理は禁物… でも…  )

 

意地と理性が押し問答中のRさんに 和尚様がやさしく言いました

 

「まあ 2日で終わらなければ 次の週も…」

 

その言葉を聞いた途端 カチッとRさんの心の中で 勝負スイッチが入りました

 

妙なところで スイッチが入る

 

When Madake bamboo’s sprout has come up to the surface,

Oshō sama (Buddhist priest) called me for cutting bamboo.

I visited the bamboo forest to take a look beforehand.

 

In a verdurous bamboo forest where new leaves replaced the old ones,

we could hear a beautiful chorus of bush warblers.

I said to the priest in looking at the bamboo forest “it might be hard to

finish in one day”.

“Yes”, said the priest.

 

However, when I heard his explanation in taking a look at refreshing scenery

with him, some sense of responsibility and motivation came up to me.

(Can I do it…? Too much work is harmful, but…)

 

While I was haggling over with a sense of responsibility and reason,

the priest talked to me genlty.

“If you could not finish working within 2 days, you have next week…”

When I heard this, a switch of “challenge” has turned on in my mind.

 

Switch is flipped on at a weird moment.

 

(translated by C.N.)

 

 

若葉の歌

2017.5.11

 

ぽとり ぽとりと落ちるしずくに 山の命が目を覚ます

 

光の音 雨の音 風の音 その美しい音色に誘われて歌う

 

淡竹の子らも 南天の若葉も

 

 

 

Song of green leaves

 

With a plop of water, life of the mountain wakes up.

 

Sound of light, rain and wind…prompted by their beautiful sounds,

 

baby Hatchiku (black bamboo) and fresh green leaves of Nanten (Nandina)

 

are singing.

 

(translated by c.n.)

 

菜種梅雨(なたねづゆ)

2017.4.21

 

初夏の香りを乗せて 燕が舞う頃

 

ようやく孟宗竹の子供たちの登場です

 

例年より10日ちょっと遅れた分 どっしりとしています

 

17日の雨が合図だったかな

 

霧雨やスコールが続き 「よく降りますね」と茶杓名人Sさんに話しかけたら

 

「 菜種梅雨いうやつやな 」

 

( Sさん… 何だかかっこいい )

 

菜の花の咲くころに降る 菜種梅雨か…

 

この季節に 霧のように細かく柔らかに降る雨を 「春雨」

 

そして新暦の4月20日頃には 百穀を潤す雨が降るという意味で 「穀雨」(二十四節気)というそうです

 

春を楽しみ農を営む 仕事の合間にお茶を飲みながら 心がホッと和んでいく

 

春を囲み 笑い語らう

 

 

At the time when swallows dances in the wind of early summer,

Mosochiku (moso bamboo) sprouts has finally come upon the earth.

As it was 10 days later than usual, they seems quite heavy.

The rainfall of April 17 may be a go sign.

 

When we had some continuous days with drizzle or squall, I said “It rains quite a lot”

to Mr. S, a master of creating tea scoop.

Then he said “It is as we say Natanezuyu (long spell of rainy weather in early spring)”.

(Cool…)

 

Natanezuyu (Natane means “canola seed”) at the time when canola flowers are in bloom…

 

We call drizzle of this season “Harusame (spring rain)” and rain around April 20 “Kokuu”

(“Koku” means “grains”) in the sense that it rains to moisten all kinds of grains.

 

Since back in the day, people enjoy spring season in engaging farm work,

relaxing with a cup of tea during their break time.

 

Laughing and talking, in circling round the spring.

 

(translated by C.N.)

 

 

 

 

笹の葉さらさら

2017.4.9

 

笹の葉が色付く竹の秋とは 旧暦の3月(新暦では1か月ほど遅れる)の異名 春の季語

 

ところで通勤時に 毎朝西山の竹山を眺めていて ふと気が付いたことがあります

 

1月早々から笹の葉が色濃く色付く年 その竹林では 地上に出てくる筍が少ない裏年のようです

 

そして筍が豊年の年(生り年)は 色付きが裏年に比べるとゆっくり始まります

 

もちろん丁寧に育てられている筍農家の竹林には当てはまりませんが

 

今年の竹山は色付きが早く よく色付いていました

 

それでもそんな年は それはそれは美しい落葉のシーズンが 初夏におとずれます

 

多くの人々の心にも 身体にも 春の優しいまなざしが 降りそそぐ

 

 

“Take-no-aki” (literally “bamboo’s autumn”) when bamboo leaves turns yellow means

March of the old calendar. It is also a season word for spring.

 

When I was looking at bamboo forest of Nishiyama on my way to work, I found something;

 

If bamboo leaves start to change color on early January, there would have less bamboo

sprouts than usual.

 

On the other hand, when bamboo sprouts crop well, the leaves tend to change color slower

than poor harvest year.

 

Of course it would not be the case with bamboo forest carefully taken care by

bamboo sprouts farmer.

 

This year, I saw bamboo forest turned yellow earlier but in such year,

we’ll see an amazing view with fallen leaves in early summer.

 

Gentle spring sunlight showers down on people and their hearts.

 

(translated by C.N.)

 

蕗の薹

2017.3.23

 

大地から 色が生まれてくる春は

 

冬を超えた人々の心を 優しく解かしていく

 

厳冬に投じればまた 小さな兆しにも廻りえる

 

 

Butterbur sprout

 

Spring when the colors come out from the earth shall gently warm

 

and melt people’s heart who survived the winter.

 

The harsh winter let us see the little signs.

 

(translated by C.N.)

 

野生動物のこと

2017.3.6

 

竹林に入ると 様々な野生動物に遭遇する とくに長年放置されていた竹林へ整理伐採に入ると

 

そこはワンダーランドと化し タヌキがお散歩し 椿の木の上でハトが子育てをし カラスの大きな巣が空から降ってくる(巣の材料は何とハンガー)

 

イタチは警戒心が弱いのかRさんが休憩をしていると 長靴で遊びにやって来る キツネだって見た(つままれたかもしれない)

 

中でもイノシシは 最も竹林が好きで遊び回っているに違いないのだけれど 警戒心が強く 実はまだ遭遇していない

 

しかし大胆な痕跡を残していくため 直ぐに彼らだなと分かる

 

調べてみると 人類と野生種との拮抗は農耕とともに始まり その歴史は非常に長いということ

 

そろそろ人々の文化・活動と 野生・自然との秩序(収まりどころ)について 偏りを削ぎ落として語る時代に入っている

 

それは美しさを 問うということ

 

 

When I’m working in bamboo forest, especially in abandoned one which has turned into a Wonderland,

I have a chance to see wild animals; Japanese raccoon walking around,

mother dove with little ones on the camellia tree and crow’s nest falling from the sky (the nest made with

clothes hangers! ).

 

While I take a break, a weasel which may be less vigilant come to play with my boots.

I saw even a fox (or perhaps I was bewitched by him).

 

Wild boars who like bamboo forest a lot should run around there, but as they are very vigilant, I have

never met them yet.

However drastic traces they left let me know their presence.

 

I learned that the competition between man and wild animals has a long history, which has began from

the start of farming.

 

We are now entering into the times to talk about sincerely the harmonious order between our life, culture,

wildlife and nature.

 

(translated by C.N)

 

 

 

 

 

 

 

未来への課題

2017.2.19

 

弊社ブログで竹について ささやかながらご紹介をしてきて7年目となりました

 

鉈も持ったことのなかったRさんが 竹林の育成管理者を志して12年

 

竹切り子40年のベテランのいる京都ではまだまだ素人です

 

竹産業の縁の下を支える 原材料管理分野の若手後継者が消えかかっている事態に危機感を感じ

 

籠職人を目指していたRさんは 竹林育成という道について考え始めました

 

そもそも竹材を伐る(竹切り子)という概念はあっても 竹林を育成管理するという概念は浸透していません

 

20代の頃 数少ない他県の竹屋さんを渡り歩いて 竹林管理をしたいと言うと 優しい微笑みを浮かべて言われたものでした

 

『ほら嬉しいけど…給料が出せんのよ。 もう竹の時代は終わったと思う。息子も継がんと言うよ。』

 

そうは言いながら 竹の話となるとご主人は目を輝かせて 何時間もいろんな事を話してくださいました

 

そんな中 故高野社長は 竹林管理育成の意義を とても深く理解されていた方でした

 

かの有名な竹博士 故上田弘一郎先生との出会い そしてそのお人柄を心から尊敬されているのが伝わってきたものでした

 

そして12年経ち 日本の竹林の現状は変化しただろうかと考えると 少し寂しい気持ちになります

 

ですがここ京都には ベテラン竹材店の方々の中に 美しい竹林管理を成し得ている方がおられます

 

弊社を含め少なくとも二つの光があり きっとまだまだおられることでしょう

 

会社経営者という立場で 手のかかる竹林管理を自発的意思で為すことは それはもう奇跡に近いことです

 

小さくとも 頼もしい 希望の光となりますように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モズの飛んで来る原っぱ

2017.2.5

 

小雪の舞う原っぱに 油抜きされた真竹が並ぶ

 

いつも作業をしていると その頭の大きなスズメはやってくる

 

と思ってよく見ると それはモズである

 

好奇心が強いのか 勝気な目をして 近くで楽しそうに狩りをする

 

何だかRさんの心まで 楽しくなる

 

 

化学と竹

2017.1.27

 

先日 個人的に「生活と化学」について 勉強する機会がありました

 

化学の歴史に始まり 東日本大震災の原発の放射能汚染まで

 

内容が多岐に富み 興味深く学びました

 

試験問題の最後に ”本講義で学び印象に残ったことなどを今後の展開も含め簡潔に述べよ” とあり

 

暫し 「化学と竹」というテーマで考えてみることにしました

 

”化学と竹”

竹に携わる仕事をしていると、プラスチックは竹産業を衰退させたと耳にすることがある。しかし講義を通して今、私の考えは少し変化してきている。

戦後、多くの起業家や研究者が竹の持つ特性に可能性を感じて、工業的利用を目指した。もしも成功していたならば、代替製品にも負けず新たな活路として生活を潤し、美しい竹林が人々の涵養の場となっていたかもしれない。

しかし現実には、多くのそれらは継続しなかった。木とは異なる竹の特性を理解しないまま始動した試みは、結果的に竹林乱伐となり原料調達に行き詰まり、他の諸要因も重なり頓挫した。私はそのように考えている。

製品開発において優れた成果が出ているものも多くあっただけに、惜しいものである。

確かに竹はプラスチックに取って代われた。しかしながら化学においては竹で成果を出したのである。

そうして今、人々は竹に目を向けなくなった。同時に山も荒廃し、シシ対策の講じられなくなった境界からは思うままにイノシシが好物のマタケの根を掘りに人里に降りて来る。生命力の強い竹はぐんぐんと山頂に地下茎を伸ばし、生態系の破壊者と言われるまでになってしまった。

話しは変わり、私が生まれる100年ほど前、アメリカの発明家トーマス・アルバ・エジソンは日本産の竹のフィラメントで白熱電燈を発明した。転機というものは、ある日突然にやってくる。その時に私たちは、再び竹林という大きな可能性に立ち向かうことになる。もしもその高いハードルを越えられた時こそは、化学は竹を救うことになるかもしれない。そして竹が再び社会を潤す。そう私は信じている。